■インターローカルノートについて(「Inter Local Note」最初のページへ)





 

ILN105
2005.02.09 Tokyo (東京)
中日新聞インタヴューの後、世田谷パブリックシアターでフランスの演出家、ジョセフ・ナジと対談。演劇とダンス、パフォーマンスの中間的な関わりで面白い仕事をしている。

ILN106
2005.02.10 Yokohama (横浜)
旧関東財務局でキュラトリアルミーティングを行なう。横浜美術館の天野氏、福岡から来てくれた山野氏、そしてP3の芹沢氏の三人が今回の作家、作品セレクションを行なう。まず僕が今回のおおざっぱな展覧会のイメージを話し、そこからディスカッションが始まる。

ILN107
2005.02.12 Yokohama (横浜)
横浜トリエンナーレの広報関係ミーティングを行なう。今後の広報スケジュールなどを確認する。今回は、オープニング前に先行で幾つかの作品が完成するので、それに合わせて段階的な広報プログラムを組み立てる。もちろんそのように上手く進行していけば良いのだが、許可の問題、設置の技術的な問題など、これから幾らでも出てきそうだ。

ILN108
2005.02.17 Tokyo (東京)
NHK「視点論点」収録。「国際展について」というテーマで、横浜トリエンナーレ2005の紹介をする。今回で三度目の出演になるが、何度やっても時間どうりに話が進められないのは、どうしたものか。

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ILN109
2005.02.18 Tokyo (東京)
エディトリアルミーティング。その後国際交流基金で定例会を行なう。主に運営に関しての細かい手続きについて。先回のトリエンナーレ2001での様々な例を参考に話が進む。

ILN110
2005.02.19 Yokohama (横浜)
横浜トリエンナーレ関連のボランティア集合による横浜会議をBankARTで開催。150名ほどの参加者。ここで横浜トリエンナーレ2005のプレセンテーションを行なう。またここでボランティアの関わり方を討議する。

ILN111
2005.02.20 Toyota (豊田)
豊田市美術館主催で行なっている「ワークインプログレス豊田2004」の記録集出版記念会を美術館講堂で参加ボランティアを招いて行なう。その後、昨年設置した物見台でシャンパンを飲みながら打ち上げ。これで昨年からの制作作業の区切りが付いた。今年はどのように活動していくかをみんなで協議する。

ILN112
2005.02.22 Yokohama (横浜)
旧関東財務局で建築ミーティング。展示会場以外の場所での作品設営の対する不安が出てきた。特に今回招聘するエトカンサーカスのテント構造設備に対してあまりにも資料がないため、構造設計担当の方から設置に関しての不安が高まる。ダニエル・ビュランの700メートルのインスタレーションの構造、マリア・ローゼンのマリンタワーの設営など、問題は幾らでもある。

ILN113
2005.02.23 Yokohama (横浜)
山下埠頭の中にある主にここで働いている人たちのための厚生センターの建物内に、横浜トリエンナーレ現地事務局を開設する。そのための内装作業を行なう。テーブル、椅子のレイアウトからパソコンの設置まで何人かのスタッフと行なう。こんな作業までディレクタ−の仕事なのかとも思うが、やはりどうしても手が出てしまう。気が付くとテーブルのラワン板をノコでカットしている自分がいる。

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ILN114
2005.02.24 Yokohama (横浜)
何人かの作家が現地下見に来ている。その会場アテンドをする。山下公園の入り口から倉庫街を700メートル歩いて、今回展示が行なわれる2棟の倉庫の中に入って見た時に、作家からいろいろな質問が出る。現場を見て、作品を構想している時のつくる側からのリアルな場からの反応には、興味深いものがある。

ILN115
2005.02.26 Yokohama (横浜)
三人のキュラトリアルメンバーが持ち寄って来たアーティストの資料を見る。全体の会場構成に対しての各アーティストの作品の内容などが話される。少しずつ全体の構成が見えてきそうな気がする。しかしまだ会場そのものの視覚的インパクトが弱い。

ILN116
2005.02.27 Paris
サーカスの人たちともう少しテクニカルな面で打ち合わせをしなければ、もうその先に進めないという状況であると判断して、横浜で実際に自分でもサーカスを行なっている三橋さんに同行してもらい、実際に彼らに会いに行くことにする。

ILN117
2005.03.05 Paris
パリ北駅で、三橋さんと待ち合わせてエトカンとミーティングを行なう。細かいデータを要求しても、フランスではすべての許可を取って問題ないと言い張る。フランスと日本での許可申請の違いを何度も説明する。特にテントのような膜構造の架設構造物の申請は、今年度からかなり厳しくなっていると聞く。現地の状況を説明する。

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ILN118
2005.03.06 Paris
三橋さんとエトカンミーティングの準備をする。どのように彼らを横浜に迎え入れるか、そのためには何が必要かを細かく打ち合わせする。日本の法規制などについて話をする。特に昨今の地震や自然災害が頻発している現状の中では、今まで以上に規制が強くならざるを得ないのは、理解できるが、オーバーセキュリティに対してこちらの予算との擦り合わせが必要になってくる。いずれにせよ、この状況をどのように克服していくかが、課題だ。そんなことも何も考えないでパリに来て、街路を行き交う人をのんびり眺めていたほんの数ヶ月前のことを懐かしく思う。

ILN119
2005.03.07 Paris
エトカンと二度目のミーティング。いろいろな資料を持ってくるが、どれもあまり正確な資料にならない。横浜の今回我々が依頼している構造設計の人に電話で直接話しながら、エトカンのテクニシャンと打ち合わせをしてもらう。三橋さんにその後のテクニカルなミーティングの続行をお願いして、帰国する。

ILN120
2005.03.09 Yokohama (横浜)
建築ミーティングで、エトカンサーカスと打ち合わせをした内容を紹介する。引き続きテクニカルな交渉が必要ではある。まだ先が見えてこない感じだ。そろそろ最悪な状況も念頭に入れて進めていく必要があるのかもしれない。

ILN121
2005.03.10 Tochigi (栃木
)
以前から頼まれていた栃木でのワークショップのため、芸大の私のゼミ生数名と車で宇都宮へ出発する。50名ほどの学生、一般人の参加者を5つぐらいのグループに分けて、自主映画を製作することにする。シナリオ、絵コンテ、ロケを行ない、編集して最終日に上映会を行なうことにする。今日から4日間、那須の芸大研修センターに滞在する。

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ILN122
2005.03.13 Tochigi (栃木
)
ワークショップ最終日。昨日から徹夜で編集作業が続けられ、10分ぐらいの映画が4本でき、上映会を行なう。参加者は、初めての演技や台詞などでかなり大変だったようだが、それなりに楽しんで関わっていた。みんな力作ではあった。

ILN123
2005.03.14 Tokyo (東京)
銀座でエディトリアルミーティング。そして森美術館でグッズに関してのミーティングを行なう。横浜トリエンナーレのオフィシャルグッズはどんなものが良いのかを考える。会場でのグッズ販売は、それなりの収益があるようだ。

ILN124
2005.03.15 Yokohama (横浜)
建築ミーティングで、会場が倉庫であるから、倉庫に置かれている荷物のイメージで、木のボックスを並べた展示の提案がある。その箱の内外で作品が展示されるというアイディア。単なる白いパーティションを会場に立てるよりは面白いだろう。しかしどのような構成になるのだろうか。

ILN125
2005.03.16 Sapporo (札幌)
東京から飛行機で千歳に着き、そのまま札幌の会場へ向かう。車窓からの屋根の上の雪景色で、久しぶりに北海道を感じる。横浜トリエンナーレ2005札幌プレゼンテーション会場は、アーティストインレジデンスを主催しているS-AIRというところの協力で、そこのホールを借りて開催する。30名ほどのアーティスト、美術関係者が来てくれる。

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ILN126
2005.03.21 New York
今回のトリエンナーレ参加アーティスト、ダニエル・ビュランがグッゲンハイム美術館で個展をするので、これに合わせてニューヨークでの作家、作品調査と交渉を兼ねて、渡米。ニューヨーク在住で韓国の作家のキム・スージャにコンタクトを取る。出品交渉をして、了解を得る。

ILN127
2005.03.23 New York
天野氏と待ち合わせて、ニューミュージアムで打ち合わせを行なう。新しいコンセプトでリニューアルしようとしているニューミュージアムを、今回のトリエンナーレの参加プロジェクトの一つとして要請する。我々も、彼らのほうもまだ企画内容は固まっていない。夜、ダニエル・ビュラン、キム・スージャとチャイナタウンで夕食。ここでダニエル・ビュランに700メートルのプロムナードのインスタレーションのテクニカルな打ち合わせを行なう。

ILN128
2005.03.24 New York
久しぶりにクイーンズにあるPS1を訪ねる。ディレクターのアラナ・ヘイスは不在だったが、トリエンナーレのちらしを置いてくる。20年前に私がここにスタジオを持っていた時とは打って変わって、とても綺麗になっていた。ここで大勢の若いニューヨークアーティストを集めた展覧会が行なわれていて、何人かは非常に面白い仕事をしていた。午後、チェルシーのニューミュージアムのオフィスでディレクターと会い、今回のトリエンナーレ参加を依頼する。
 グッゲンハイムでのダニエル・ビュラン展オープニングに参加。多くのアーティスト、美術関係者が来ていた。何人かのギャラリスト、コレクターに会う。

ILN129
2005.03.25 New York >>> Narita (成田)
成田に向かう機内で、ニューヨークで見た作品や会ったアーティストの資料を見ながらトリエンナーレの会場構成を考える。まだ実際のイメージがなかなか出てこない。どのような流れで、観客が作品を見て、どこに滞留するか…

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ILN130
2005.03.26 Chiba (千葉)
成田到着後、そのまま千葉大学で行なわれている美術教育学会のシンポジウムに参加する。3月末日付けで東京芸大を退官する身としては大学人としては、最後の学会参加になるだろう。

ILN131
2005.03.28 Beijing (北京)
北京到着。中国の作家ル・ジェに会う。そのまま多くの画廊、作家が住んでいる地区へ。そこで山野氏一行と合流。その中にあるスペースで、ル・ジェが組織している「ロングマーチプロジェクト」の紹介と、20名ほどの中国の作家のプレゼンテーションを見る。ここで何人かのアーティストに会う。

ILN132
2005.03.29 Beijing (北京)
朝早く起き、天安門広場を見学に行く。道路も広場もやたら広い。テレビで既に何度も目にしている毛沢東の肖像画を見付ける。車、自転車、人の群れ、とにかくやたらに活気がある。
 横浜トリエンナーレ2005のプレゼンテーションを行なう。海外初のプレゼンテーションだ。雑誌、新聞記者からのインタヴューを受ける。その後、何人かのアーティストのスタジオを訪問。

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